イベントグラフィックの仕事、百貨店のレギュラー媒体のデザインその他があって、週明けまでにアドバンテージを稼いでおきたくてこの週末はお仕事。
すっかり寒くなってきたので革ジャンを着て出陣。5月のフィレンツェでの休暇の時にサン・ロレンツォの露店で買って、以来クローゼットで出番を待っていたものです。
1700年代に衣料品を仕入れた商人たちが建物の外壁にハンガーを吊るして商売を始めたのがこのフィレンツェ、サン・ロレンツォ地区の露店街のルーツらしく、革製品―ジャケットや手袋やベルト等々―がテンコ盛りになって売られている。旅の前に読んだ中島浩郎サンという人が書いた「素顔のフィレンツェ案内」という本によるとイタリアには「ミラノで見てフィレンツェで買え」という言葉もあるそうな。すなわちイタリア・モードの中心はやはりミラノでデザインは毎年ミラノで誕生するが、なにぶん生産量が少なく値段も高い。でフィレンツェの商人がそのデザインをコピーして(おい)廉価で大量販売するという図式が成立しているらしいのです。いかにもフィレンツェ商人の気質を表すエピソードなんだけど、なるほどミケランジェロが完成しそこなった粗石積みのままのサン・ロレンツォ教会のファサード脇から始まるその露店街には独特の猥雑さというか怪しさがプンプンしていました。
休暇において買い物というのをほとんどしない僕ですが、最終日にその露店街がなんだか面白そうだったので色んなお店を覗いてると「コニチハ!」とか「ハイ、サムライ、サムライ」とか声を掛けられる。えーいうるさいうるさい。「宮迫〜デス」とか言う奴もいた。日本でそのギャグが流行ってからの「時差」を勘案すると、今頃フィレンツェの露店商は全員海パン一丁で、ソンナノ関係ナーイ、をやってるかも知れない。一軒、他の店と明らかに品揃えの違う店があり、革ジャンを見てたら店の男がニコニコと近寄ってきた。
「日本から?」
「そうだよ」
「イタリア語、OK?」
「ごめん、わからない」
「OK、じゃ英語で」
僕と同年輩の国籍不明な人なつっこい顔で、生まれてこのかた真実など口にしたことのないような、いかにもうさんくさい感じの男だった。
彼が言った、「実はね、僕のママは日本人なんだ」
絶対嘘だ。即断しましたね僕は。
「疑わしい」僕が言った、「もし僕が『僕は韓国人だ』と言う、すると君は『やあ、僕のママは韓国人なんだ』と言う。もし僕が『僕は中国人だ』と言う、すると君は…」
「待ってよ待ってよ」彼が顔の前で両手を交差させた「信じてくれ、本当にママは日本人なんだ」
「東京? 大阪?」
「サイタマ」
「さ、埼玉?」ありゃ、本当かも。言われてみると東洋が混じった顔してる。
彼(名前がわからないので、以後、便宜上彼を『アントニオ』と呼びます)は自分のへその辺りに指で横に線を引いた、「つまり僕のここから上は日本人。ここから下はイタリア人ってわけさ」
僕は、彼の顔の鼻筋に沿って縦に指で線を引き、「いや、僕が思うにここから右が日本人で左がイタリアンだ」
「うひゃーひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっ」アントニオは大げさに笑った「ユーはとってもファニーだな」
あんたに言われたくない。
「で、レザージャケットを探してるのかい?」
切り替え早えな。やっぱり怪しいなあ。
たぶんこの時点で、僕は海千山千の露店商の術中にハマっていたのだろうけど、なんだか楽しいし、いいか、という気持ちになっていた。
「これが好きだ、でもサイズが大き過ぎる」僕はひとつを指差して言った。なんせ欧米仕様ですので、Sサイズでも僕にはダブダブな感じだったのです。
「ユーのサイズ、あるよ。後ろの店に行こう、マイ・フレンド」
テント張りの露店の後方には、ちゃんと店鋪があるんです。アントニオはそっちに僕を誘った。店にはもっとたくさんの商品があった。
「ユーの選んだのはこのタイプだね」彼がひとつ手に取った。
「それだよ。でもこっちもいいなあ」僕は店鋪のほうで見つけた、袖にストライプの入ったやつを指差した。
「うーん、そのタイプは、もっとオールド向けだよ。ユーはヤングじゃないか。何歳だ?」
「フォーティー」
「フォーティーでしょ、だったら……フォーティー!?」
完璧な「乗り突っ込み」だった。僕はこの男がすっかり気に入っていた。
アントニオが言った「37か38かと思ってたよ」
「……大差ないよ」
「とにかく僕は、ユーにはこれがいいと思う。正直に言うよ、こっちのほうが高いんだ。でもユーには良いのを買ってほしいんだ」
ま、確かに僕が最初に目をつけ、彼も薦めてるやつのほうがデザインもプレーンだし革も柔らかかった。
「OK、そのデザインがいい」
「色は黒とダークブラウンとライトブラウンがあるけど?」
「ダークブラウン」
アントニオはOK、と言って奥から僕向けのサイズを出してきて、手渡してくれた。「着てみて」
僕はタグを見た。XLと記してある。……XL?
「子供用じゃねえか!」
「わかってる、わかってる、でもデザインもクオリティも同じだよ。試してみてよ」
着てみると、うむむ、ぴったりだ。
「ぴったりだろ?」
「うん、気に入った。幾ら?」
「320ユーロ」
ユーロ高だった5月のレートで5万円を超える。僕は目を閉じて、ぐぅーっ、と、イビキをかいて寝たふりをしてみせた。論外だ、という意味で。
「…本当は320なんだけど、でもスペシャルプライスで提供するよ」アントニオが言った。
「スペシャルプライスは幾らだい?」
「280ユーロ」
「ぐぅーっ」またイビキをかいてみせたが、前日まで市内をぶらついていた時にウィンドーを覗いて得た感覚では、ブランドものだとレザージャケットは400ユーロ以上するのが多く、スエードとかフェイクレザーので280くらいが相場のようだったので、ノンブランドの怪しい露店品と言えど本革(…だと思うけど)ならそう悪い線ではなかったと思う。
「ひゃはは、オレは弱った」アントニオが言った「これ、ポンテベッキオあたりなら400ユーロで出してるよ」
それはその通りだった。
「これもし日本で買ったら700ユーロだよ」
いやいくらなんでもそんなにしねえよ。どーも信じていいやら悪いやら。
アントニオが電卓を差し出した。「いくらが希望だい?、数字をみせてくれ」
僕は、180、と入力して液晶を彼に向けた。
「グゥーッ」即座にアントニオが寝たふりした。学習能力が高い。日本でいい芸人になれるぞ。
彼が、レジスターの横に貼ってある写真をはがして僕に見せた。赤ん坊ふたりを、アントニオが抱いている。
「見て、こどもが二人いるの」
知るかい。
「まだミルク代が…」
知らないって。
もともと僕はお店で値切る、というのが苦手で、こんなふうに値切り交渉するのは生まれて初めてで、自分がそうしている事に驚いていた。
僕が言った、「僕らは、お互いに…」歩み寄る、的な事を言いたかったのだけど英語が思い付かず、人差し指と中指を脚にみたてた指人形を両手で作り、トコトコと胸の前で歩み寄らせた。
通じたらしく、アントニオも同じ仕草をしていた。
結局200ユーロで妥協が成立し、ハイタッチしてから会計した。
「ママに伝えるよ、今日ママの国のとってもファニーな友達がジャケット買ってくれたって」
ということでアントニオから買ったこの革ジャン、確かに革質は柔らかでいい感じなのだけど、果たして良い買い物だったかどうか。もしひと冬越す前に袖がもげたり裏地が剥がれたりしたヒにゃ、僕は速攻でフィレンツェまで飛んで行って大聖堂のてっぺんに油性マジックで「アントニオのばーか」と落書きを……