デザインの現場から。と言いつつほぼデジカメの噺。
by MASANOBU HIZAWA(NEEL MARTIN DESIGN OFFICE)
http://www.neelmartin.com/
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設立20年、ありがとうございます。


5年に一度だけ、長めに真面目に書く日です。

3月6日で、有限会社ニールマーチンデザインオフィスは設立20年を迎えました。
写真は、2000年、事務所を開く直前に訪れたシアトルで買ってきたローロデックスの名刺ホルダー。
海外ドラマか何かで主人公がデスクにこれを置いているのを見て、なんだかデキるオトコのアイテム感があって、事務所構えたらこれ欲しいなとずっと思ってて(バカですねその頃から)、日本でも買えるのにわざわざ手荷物で持ってきたんです。
事務所を開いてからというものの、受話器をアゴに挟んだ状態でこれをクルクルさせて相手の番号調べて電話するというもはや「何ごっこ」なのかよくわからないことをしていたおバカな記憶もあります。

最近ではもう名刺はスキャンしてクラウドサービスに登録したら原本は箱に片付けてしまうので全然使っておらず、結果、ローロデックスのリフィルに残っているのは比較的初期の頃にいただいた名刺の比率が高く、その内の数割はもうお付き合いのない人だったりするのですが、ローロデックスまだデスクに置いています。
しんどい時、これをクルクルさせて、今までにいただいた名刺をパタパタと眺めていると心が落ち着く…と書けばカッコいいんでしょうけど実際のところ、この人の案件では何度も徹夜させられたなあとか腹立たしいエピソードも蘇ったりするわけですが、まあでも和んだ、あたたかい気持ちになるのは確かです。

いったい20年間で何人の方々にお世話になってきたのか、何社にお仕事のご依頼を頂戴したのか。
改めましてお一人お一人に、一社一社に、心から御礼申し上げます。本当にありがとうございます。

とうとう20年間、一度も風邪をひかず、風邪に限らず何か体調悪くて仕事を休むということが一度もありませんでした(とか言ってて明日、新型コロナ発症したら指差して大笑いしてくださいね)。これはもう、身体が丈夫とか意識がどうのという次元の話ではなく、周囲に肉食獣の気配を感じたシマウマは数日間眠らずにいられるみたいな話と同種の、個人経営おじさんが生きるために後天的に宿した未知の新型免疫なんだろうと思います。

身体だけでなくココロも平穏に過ごしてこれました。なんなんでしょうね、自分って細かいとこは細かいくせして根本的なところでちょっと、なんくるないさーな呑気さがあるんでしょうかね(知らんわい)。
特に僕らみたいなスタイルだと仕事の密度にもキャッシュフローにもムラがありますから、普通は忙しい時に「やべー忙しいよー」と、ヒマな時に「やべーヒマだよー」と嘆くもんだと思うんですが、僕の場合忙しい時は「よーしがっつり稼ぐぞー」ヒマな時には「わーい何して遊ぼっかなー」という感じになるというね(たぶんそれはそれでダメだと思うぞ)。
きっと、抑揚に対峙した時の考え方や、年単位や週単位でのココロのガス抜きのルーティーンみたいなものをその時々で自然と身につけてきたんでしょう。

その時々、と言いましたのは、時代が変化しているのが確かだからで、それに応じたルーティーンにしたって変わり続けているからです。息抜きのしかたさえ変わってるんですからそりゃもうデザイナーやアートディレクターに求められるスキルも発想も変わっています。
僕自身も、いわゆるものづくり職人としての表現手法においてはもちろん、その前後のコミュニケーションプロセスでの仕事内容の振れ幅が創業当初と比べて良くも悪くもえらく広まっています(悪くも、というのは、旧来の職域分担やスキームを壊しながら進んできた面も自覚しているからです)。たとえばブローシャーのデザインのためにカメラ持って取材に行ってインタビューしてる自分の姿など以前は想像もしていませんでした。
逆に、職人に徹する時はもうスイッチ切り替えて徹するようになってきています。打ち合わせを終え、シェアオフィスのブースに戻り、鶴の恩返しみたいに決して見てはいけませぬと扉を閉めて黙々とイラレやフォトショと格闘してる間は電話が鳴っても出ないこともあります。こんど深夜にオフィスを外から見てみてください。窓に、Macに向かってバタバタしている鶴のシルエットが映ってますから。2時間にいっぺんくらいわけもなくクェーッと奇声を発したりしますから。

でもまあそうは言っても、中学で学生新聞を作ったり、高校の文化祭でポスターを描いたり、大学のゼミ室で写植機ガッチャンガッチャン操作したりしていた気質のまま(無論その気質の延長がプロフェッショナルという訳ではないということは申し添えておきますが)、今なお自分の得意なこと・好きなことでこうして仕事を続けさせていただいている奇跡をほんとうにありがたく思いますし、繰り返し申し上げますが、それはその機会を与え続けてくださっている皆様のおかげです。

・・・

昨年の暮れに「1989年のJR東海のクリスマスエクスプレスのCM」の素晴らしさを解説した某クリエイティブディレクターさんのブログ記事が、世のおじさん達のハートを掻き乱しました。
実際、僕もこのCM(あと1993年のキリンラガーのCMの堤真一サンと高橋里奈サンのやつ)は3ヶ月にいっぺんくらいの頻度で動画サイトで見てはクゥーっと悶えているし、大好き。これを見て「今の時代に失われてしまっているもの」を箇条書きするのも確かに容易だわなと思います。
30数年前の偉大なクリエイター達の創作物の薫陶を受けて学んで、今、クリエイティブディレクターやアートディレクターとして生きている同輩、諸兄がそうした記事を「素晴らしい、涙が出る」と絶賛しているのもすごくわかります。僕もそう。
くだんの記事が単なる「あの頃は良かった」なノスタルジーではない、愛情に満ちた考察であることも承知しています。

けど。

少し冷静になって、高揚した自分のココロに自ら水を差して、今、遡って見た時その時代の素敵なCMに共通してうっすらと漂う「気配」にも、今、僕等は意識の幾ばくかを向ける必要があるんじゃないかなとも思います。もう少しひらたく言うと「夢のようにキラキラした将来への希望に満ちた素敵なCMを作って、で、その後どうなりました?」について、責任とまでは言わないまでも省みてみる必要はあるのではなかろうか、と。

断っておきますが、僕はバブル期なんかより今のほうがずっといい時代だと思っています。だからこそ「いやーこの頃のCM(日本)にはトキメキがあったねえ」とかいうのは隠居してからにして、僕らおじさん達は「この頃のCMには何が欠けていたのか」をこそ、今、勇気を持ってちゃんと考察すべきなんじゃないのかと。今日の、これからの、モノづくりをしてゆくつもりなのであれば。(せっかく盛り上がってたクリスマスエクスプレスの記事だったのになんかごめんなさい)

だってこれまで以上に、これから訪れる変化のほうが物理的にもマインドの上でも、世の中の価値観的にも大きいと思うんです。これ勘ではなく、20年間に感じ取り体験してきた各種指標を波グラフで可視化した時、2020年以降にグラフが描く波形は……、ね、見えるじゃないですか(勘じゃねえか)。

だから、ここまで頑張ってきた人も、これから頑張る人も、なにかとたいへんだけど頑張ろうね。
でも、刻々と形を変える波の上で常に体の平衡を保つようにサーフボードを操っていくようなこの日々、楽しいんです。
そして楽しむためには、波の上でフラつかないよう体幹を鍛え続けなくちゃ。今日もデザイン初校提出が2件あります、しっかりやります。

皆様これからもどうぞよろしくお願いいたします。

・・・

ローロデックスの名刺ホルダー、20代30代の若い人で、もしもらってくださる人がいたら差し上げます。できればフリーランスや独立起業した、またはしようとしている人に。あるいは新しいキャリアに挑もうとしている人に。多くの人にとっては自分が働く会社の設立記念日など特段の意味を持たないものだと思いますが、僕が今日の日を、少しだけ誇らしく嬉しく思うその気持ちがわかるという人に。

20年会社が潰れないというご利益付きの名刺ホルダーでもありますし、商売規模はちっとも大きくならないぞという呪いの名刺ホルダーでもあります^^


2020年3月6日

有限会社ニールマーチンデザインオフィス
代表取締役 桧沢方伸